uk pipeline logo - back to home
英語: その他
created by kujila AKA nat n@ logo
Contents
★イギリス人と文法

驚いたことかどうかは各人の判断に任せるとして、イギリス人には自分の喋ってる言語、英語の文法をほとんど知らない人が結構多いと思う(少なくとも私の周りには...)。過去分詞、と言うのが何か説明せよ、と言って答えられないならともかく、名詞、動詞という単語すら、「それって何だっけ?」という人が結構いるんです。

「日本語って英語と随分違うんでしょ?]と言われ、説明しても、主語が、といった時点で、「何それ」になってしまうことが結構あるので、いちいち説明しないといけなくて、やたらに時間がかかる。

イギリス人でも、外国語に興味がある、または喋れるとか、教師とか、そういう人はそうでもないと思うけど、なにせ、イギリスで外国語を喋るという人は結構少ないので、そういう目にあってしまう。学校教育だけではあまり深くまかなっていないらしい。この国で英語(つまり国語)の文法をやるのは、確か12歳までが普通らしい。

その後は、読解のように、本を読んでそれについて議論したり、レポートを書くといった形式で、日本の文学の授業に当たる感じで、言語自体の形式や機能、構造について学ぶよりは、その言語を使って、どう表現するか、と言う事に重点を置いているようです。それはそれでいいのだけど、本当に、外国語をやろうとすると、自分の言語を知っていないとかなり大変ということに気づいてないんでしょうか?一体イギリスではどうやって、外国語の授業をやっているのか、不思議になってきました。

(ちなみに、日本人の友人がビジネス用の日本語を、日本で言う高校で教えていた時、手伝ったことがありましたが、文法よりは、実践的なものに重点を置いて、フレーズを覚えていく形式でした。でもこれは1年だけのもので、形態が他の外国語の授業と違うので、何ともいえません。内容や授業形式は、ガイドラインにそって、友人が自ら練っていたようですし。)

後日談:
先日、見たテレビ番組で、今、高校入試程度の年齢の子たちを集めて(つまり16歳)、1950年代の全寮制学校に入れて、勉強させてみると言う試験的番組があった。
集められた子たちは、成績優秀とされる子たちで、全国から男女混合で集められた。
でも、やってみた50年代当時の英語の試験(しかも、それは50年代の11歳向けの試験)では、みんなぼろぼろ。なぜなら、当時の試験は全て、スペルや、文法、句読点の入れ方などが中心で、今のようにエッセイ中心で無かったため。現在の方式は、文法やスペルはともかく、個人の想像力などを培うのが主な目的で、確か70年代に変更されたそう。
そうなると、それ以降教育を受けた人たち、つまり30代以下の人たちは、私の言う、「文法を知らない世代」にあてはまるのだと思う。
しかし、エッセイを書いていて、例えば、内容や発想が良かったら、スペルはめちゃめちゃでもいい、と言うそう言う事なのか?すごく変だと思うけど。両方やらないと意味無いじゃん。日本みたいに、技術や技法だけ教えて、後は実践をやらない方式も、イギリスのように、基礎がまるで無くても、創造だけさせるやり方もどちらも、偏り過ぎていては意味が無いと思うんだけど、どうしてどちらか一方じゃないと駄目なのかなあ?

ちなみに、彼等は、数学でもぼろぼろ。なぜなら、ちょっとした難しい計算になると、ほぼ計算機を使ってきたからだと思う。かくして、暗算や、大きな数字のかけ算やわり算が出来ないという結果に陥る。

★英語で夢を見るか?

英語をしゃべるということでよく言われたり聞いたりするのは、「英語で夢を見るか?」もしくは、「英語で考えるか?」と言うこと。
日本人だけでなく、イギリス人の友人からも「英語と日本語とどっちで頭の中で考えてるの?」と聞かれることがある。

答えは、「両方」です。

常に、英語か日本語どちらかで考えているわけでなく、状況に応じて、英語で考えたり、日本語だったりする。
たとえば、日本のことを考えているときはたいてい日本語で考え、学校や、英語に関することは英語で考える方が多い。その時の周りの状況にもよる。たとえば、しばらく日本語をしゃべっていない、もしくは触れていないときは、頭が英語モードのことが多く、英語で物事を自然と考えていたりする。

最近は、インターネットの影響で、日本語に触れる機会が以前よりもうんと増えたので、普段の考え事は日本語が多くなってきたような気がする。それでも、学校関係のことはたいてい英語で考えていると思う。
英語を使うか、日本語を使うか、は自分で意識的に切り替えているというより無意識に行っているように思う。

英語をしゃべっている間に考えることは、英語で行い、日本語をしゃべったり書いたり読んだりしているときはたいてい日本語で考えている。頭で日本語を考えているのに、英語をしゃべると、しどろもどろになる。たとえば、日本語で読んだニュースなどを、英語に直訳しようとすると、英語がうまく出てこない。私の頭は、通訳用にはできておらず、どちらかにスイッチを切り替える、と言う形で行われているらしい。

完全に余談になるけれど、通訳、と言う行為は、しゃべるとか、英語を理解する、と言うこととはまた違う能力を要する、と聞いたことがある。要するに、日本語と英語(もしくは何の言語でも)の両方を同距離で捉え、どちらか一方に片寄ってはいけないらしい。
私は、通訳するように訓練していないので、英語では英語そのものので理解し、日本語も、日本語として理解する。それぞれの言語に置き換えができない。

夢はまた別。思考よりももっとコントロールができていないから。
結論から言うと、やっぱり「両方」です。

ただし、あるときは日本語で夢を見て、ある夜は英語で、と言う風に、思考のように完全な区別ができておらず、同じ夢の中で英語だったり、日本語だったりする。しかも、自分の夢なのに、英語と日本語使用の理由付けができない。
たとえば、夢の中の舞台は日本で、中学の同級生が出てくるのに、自分は英語をしゃべっているとか、そういうこともしょっちゅうある。どうやら、日本に関連しているから日本語、とかそういう区別が夢の中にはあまり無いらしいです。


★英語の本を読みませんか?

英語を学んでいる人で、英語でものを読みたい、という人は少なくないと思います。
読む、という行為は、しゃべるのと比べて比較的、独りでできるので、マスターしやすい、と聞きます。多くのビジネスマンで、英字新聞は読んでいるが、しゃべるのは今一つ、というのはよく聞く話です(別にあなたがそうだとは言ってませんよ!)。
根気よく続ければ、読むことは案外難しくないのかもしれません。

英語の本を読みたいが、今まで読んだことがない、またはいつも挫折してしまう、自信がない、などという人は居ると思います。
はじめから、厚い文学書を読むのは大変です。英語を母国語とする人にだって、本を読むのが好きでない人や苦手な人がいます。同時に、英語圏の人にとっても、難しい本はいっぱいあります。そういう本からまず始めようとしても、難しいのは目にみえていますよね?
段階的にゆっくり自分に合ったレベルから始めて見てください。
本を選ぶときは基本的に、自分が興味のあるもの、読んで楽しいと思うものを中心に選んでください。当たり前ですが、楽しくないものはやっても苦痛なだけですから。。。お仕事に英語を使う人は、もちろん読むこと自体に訓練が必要ですが、それはそれ、これはこれ、と言うことで(笑)。

ステップ1:まるきりの初心者さんには。。。。



恥ずかしい、などといわずに、まずは子ども用の本から始めてみるのはいかがですか?
くまのぷーさん、ピーターラビットなどは、絵も多いし、子供向けにもたくさん出ているし、世界中で人気です。これなら、大丈夫では?
世界名作劇場みたいな本の子供向けでもいいかもしれません。小公女などは子どものころに読みませんでしたか?アンデルセン童話や、イソップなどはどうでしょう?

こうしてみると、一般に子供向け、といっても、絵ばかりが主流の絵本から、ちゃんとした本を改訳してわかりやすくしたものまで、いろいろあります。自分の読みやすいと思うものから始めてみてはいかがでしょうか?
それ以外でしたら、今はバイリンガル漫画、と言うものもあります。サザエさん、最近の漫画なら、金田一君とか、本屋さんで見たことがあります。絵が多いので読みやすいかも。。。

まず1冊完読してみると、次にいくのがうんと楽になります。読みにくい本にいくつも挑戦して、挫折し、自分は英語が読めない、と思うより、簡単な本でも完読することで自信がつき、読むことが楽しくなるかもしれません。

ステップ2:それが済んだら



英語を見る、と言うことに慣れてきたら、もう少し、長い本に挑戦してみませんか?
普通の小説やエッセイなどに挑戦です。

ただ、もしまだ自信がないのでしたら、まずは、日本語で読んだ本から挑戦してはどうでしょうか?
外国作家の作品は今多く翻訳されて出ていますね。それらの中で読んだことのあるものを選んで原作を読んでみるのをお勧めします。私の場合は、アガサクリスティーが好きだったので、まずは、「そして誰もいなくなった」(=原題(今は変わってますが):ten little niggers)から始めました。内容が分かっているので、筋を追うのが楽で、英語自体に集中できます。単語の一つ二つがわからなくても筋が追えるので、いちいち辞書とにらめっこ、の時間が減ります。

映画で公開されたものが本になってるものもありますね。バックトゥーザフューチャーなどは私も読みました。そういった物も同じ意味でよいかと思います。

ここまで来て、何冊か完読すれば、後は次第に英語を読むのが楽になるし、読むという感覚が身につきますから、自分のお好きな本を選んで読んで見てください。
ただ、文章にはスタイルというものがあるし、読んで自分にとって、読みやすいものと読みにくいもの、というのが存在します。
同じ作家でも、この本は読みにくいな、と感じるものが、私にはいくつかありました。そういう時は、いったんその本を置いて、違う本を手に取ってもいいと思います。がんばって読み通してもいいですが、苦痛になるのなら、止めた方がいいと思うのです。読書は一種の楽しみです。お仕事で読むのでないのでしたら、楽しく読んだ方が、絶対にいいと思います。
お仕事でしたら、がんばってください、としか言いようがないですが(笑)。

番外:本は読まないけど。。。



本はあまり読まない、という人でも新聞は読む、という人は結構いると思います。
そういう方は英字新聞を読んでみませんか?本より多少難しいことは確かです。単語も固いし、専門用語が出ることもあります。が、新聞のいいところは、一部分だけ読んでも内容がわかる、と言うことです。新聞全部読まなくても、つまみ読みで、自分の興味のある個所だけ読んでもいい、と言うこと。時間のない人には、こちらの方がいいかもしれませんね。

ただ、そのちょっとの個所を読むためだけに高い英字新聞を買うのはなんですから、インターネットを利用してみてはいかがですか?日本の新聞でも今は、オンライン新聞がありますね。同じように、オンライン英字新聞も数多くあります。
イギリスの新聞でしたら、タイムズ、テレグラフ、ガーディアン、インディペンデントなどの主流新聞はみなHPを持っています。記事もインターネット上で見ることができます。アメリカでしたら、NYタイムズ、ボストンタイムズ、ワシントンポストなどがあったと思いますが、私は詳しくないので、サーチエンジンで検索して見てください。

初めから全部読むのは大変ですから、まずは、1日1記事、日本語で既に読んだもの、知っているものから始めてはいかがですか?1日1つなら、時間的にも、量的にも、負担はさほど大きくないと思います。時間をかけて、慣れたら記事の数を増やし ていく、という形で全部読めるようになるといいですね。

新聞でなくて、雑誌でもいいですよ。たとえば、ファッション雑誌なら、日本でも英語でも出ている大手の物を両方買って比べてみるというもの楽しいかもしれませんね。基本的に自分の興味のあるものなら、いいと思います。ただ、専門雑誌なら、それなりに専門用語が出てくることは覚悟しておいてくださいね。
まずは映画などの一般娯楽関係なら、そんなに難しくなく始められるかもしれませんよ。


★韻を踏むこと


日本語でもそうだけれど、韻を踏む、というのは、Play on Wordsなどといって、英語でも盛んに行われる。と言うか、日常的に出てくるフレーズには、こういうものが結構あるので、それを紹介。

- Cheeky Monkey
- See you later, Allegator (In a while, crocodile)
- yummy in my tummy
- okey dokey (「オゥキィ ドゥキィ」という感じの発音)


★お国訛り(イギリスとアメリカ)


よく、英語を習ってる時や外国語を習ってる時、母国語の違いで、得手不得手の発音がある。日本人には、お得意のTHやVやRの発音。ドイツ人もTHが言えないし、フランス人はHが抜けがち。

とお国毎違って、結構興味深い。

さて、ふとしたことから、考えはじめたのは、アメリカとイギリスは両方とも英語を喋るが、発音には多少違いがある。
私が特に注目したいな、と思ったのは、ちゅ、にゅとかの発音。
たしか、わたしの記憶によると、アメリカでは、発音記号jに当たる発音が無い、もしくは、少ない。
例えば、イギリスで、newと言うと「ニュー」と発音されるが、アメリカでは、どちらかというと「ヌー」に近い。studentも「スチューデント」と「ストゥーデント」という風に違うと、確か覚えている。

そうすると、アメリカ人とイギリス人が、例えば、日本語を習おうとした時、違いが出るのではないだろうか?例えば、アメリカ人は、「お中元」とかにしどろもどろしないだろうか?イギリス人には楽かもしれない。。そういう違いも起こりうるのではないだろうか?

これは、わたしの勝手な想像且つ、予想なので、ほんとかどうか分からないが、いわゆる同じ言語を喋るといわれる、2つ(以上)の国民は、外国語に対して同じように反応するとは限らないのかもしれない、と思ったのでした。

★吹き替え

テレビを見ていて以前から気になっていたことがある。

ドキュメンタリーとかニュースに多いんだけど、外国人が母国語をしゃべってるときの吹き替えについて、です。
外国人がテレビに出演して英語じゃなくて母国語をしゃべっていると、大体英語の吹き替えが入る。字幕のときもあるけど、たいていの場合吹き替え。

前々から不思議だったのだけど、そういうとき、大体同じ母国語の訛りのある人が吹き替えをする。イタリア人がイタリア語をしゃべっているのを吹き替えるなら、イタリア訛りのある英語で吹き替えられたり、ってことだ。
先日みていた日本を扱う番組、ジャパノラマでもそうだった。だから日本語をしゃべっている人にかぶせて、日本語英語をしゃべる人が吹き替えをする。

だから、なぜ日本語訛り???

別に普通の英語でいいじゃん。何で訛りのある人をわざわざ使うのか?

雰囲気を出すため?日本だったらそんなことしないよね。中国人が出演してるからって吹き替えに中国訛りの日本語使うか?使わないよね。

それに、画面に写ってんのはどう見ても日本人じゃん!(笑)

確かに音声だけを頼りにしてる人は出演者が日本人って見えないけど、普通吹き替えが入るときってちょっとずらして吹き替えが始まる。つまり出演者が最初にしゃべり始めてから数秒後に吹き替えが始まる。だから音声だけで聞いてる人も、それは吹き替えってわかるはず。逆に音声だけで聞いてる人は、訛ってたらわかりにくいんじゃないのかなあ。

だって私には分かりにくい!
日本語訛りだけでなくアラビア訛りだったりインド訛りだったり、なんだって一緒なんだけど、訛ってるのを聞き取るのは実はすごく神経を使うので疲れるのです。

これは、私が外国人だから、という面もあると思うけど、現地のイギリス人も訛ってるとわかりにくい、という。というか、イングランドの人が、スコットランド訛りを聞いたって分からないって言うんだから、他の国の訛りがわかりにくくて当然。

最近はイギリスの会社でもお客様の電話センターをインドあたりに委託してる会社が多いんだけど、これ、すごく評判悪い。言ってる事が通じないって言うのが一つ。
そういう理由で、「カスタマーサービスはイギリス国内です!」って宣伝して、委託を解消してる会社もあるくらい。

それでも、まあ日本人がしゃべってるって言う雰囲気を出すって言うのは百歩譲ったとしても、私がもっとわからないなあと思うのは、外国人だけど自分で英語をしゃべってる人も結構いるわけですよ。
そういうときなぜか下に字幕が出る!

っまたまたなぜ?
英語しゃべってんじゃん(笑)!確かに文法は多少間違ってるかもしんないけど、発音自体とかは吹き替えとかわんない。っていうか、吹き替えの方がよっぽどべたな「訛ってます!」発音で、自分でしゃべってる人は結構文法も発音もきれいにしゃべってたりする人も多くいて、なぜ字幕が必要?と思うことがしばしば。

逆に、吹き替えの方が字幕くれ!ってくらいわかんない事が多い。なぜなら、吹き替えのときって母国語でしゃべってる人の声が完全に無声になってないから、二重音声的になっててわかりにくいのです。それに加えて訛ってたんじゃあ、聞き取るのが大変なのもおわかりいただけるかと。

ほんとになぜ???